電子レンジ解凍のヒミツ

株式会社 科学技術研究所 科学技術部 三角 哲平

The Secret of Microwave Thawing

概要

現在、数多くの冷凍食品が販売されていますが、平成25年の出荷量ベースでは、うどん、コロッケに次ぐ3位がピラフ類+炒飯です。( http://www.reishokukyo.or.jp より)

うどんは熱湯、コロッケは油による調理が一般的ですので、冷凍ピラフ・炒飯が電子レンジ加熱の冷凍食品では出荷量No.1と言えるでしょう。ところで、冷凍した白米を電子レンジで再加熱してもなかなか加熱できなかった経験がおありではないでしょうか? 確かに冷凍食品の白米はほとんど販売されていません。白米とピラフ/炒飯の熱的な違いは一体どこにあるのでしょう?

Abstract

In Japan a lot of frozen food is sold and pilaf/fried rice is 3rd place in production following after udon noodle and croquette in 2013.(http://www.reishokukyo.or.jp) Usually udon noodle is cooked with hot water and croquettes are fried with oil, Thus pilaf/fried rice is 1st place in production among frozen food heated with microwave. By the way have you ever felt difficulty in heating frozen white rice when you tried to reheat? Indeed frozen white rice is seldom sold. What is the difference of the thermal properties of white rice and pilaf / fried rice? 

1. 身近なブラックボックス

突然ですが、皆さんは週に何回電子レンジを使いますか。朝、蒸し器を使う時間が惜しくて中華まんをラップにくるんでチン。お昼、コンビニでお弁当を買うと「温めますか?」と聞かれ、「はい」と答えてまたチン。夜、スーパーで惣菜を買ってきては食べる前にとりあえずチン。ひょっとするとあなたも意識しないうちに電子レンジ依存症になっているかもしれませんね。

図1.科技研書2で取り上げたトマトの肉詰め。前回はムラ無く加熱することを重視しましたが、ここでは何故温まるかを考えてみましょう。

ところで、あなたは電子レンジについてどのくらいご存知でしょうか? 水を電磁波で振動させて熱を発生させる!? なるほど、ほとんど水分と炭水化物で出来ているおにぎりを電子レンジでチンするとホカホカになるのでその考え方は間違ってないかもしれません。しかし、カチコチに凍ったおにぎりがちっとも温まらなかった経験はなかったでしょうか。

冷めたおにぎりと凍ったおにぎりでは何が違うのでしょうか。凍った方は水分子同士の結合が強くて振動しなかったから温まらない。なかなか化学をご存知ですね。そうだとすると水より結合の弱い水蒸気がよく温まることになります。電子レンジでチンしたら扉から数百度の蒸気が噴き出すなんて、かなりアブなそうです。

電子レンジのこと、分からなくなりましたか?

では、そろそろ解説に移ることに致しましょう。

2. 水が温まるワケ

電子レンジではマイクロ波と呼ばれる電磁波で食品が加熱されます。マイクロ波が照射されると、食品中の分子は電磁波に追従しようと振動します。その時に電磁波の振動に追従しきれない分だけエネルギー損失として熱が発生します。これが電子レンジの加熱の起源です。

つまり、水分子が自由に運動する水蒸気は電磁波に即座に応答します。また氷は水分子の結合力の強さから全く応答しません。このため両方とも温まりにくいのです。一方、水は適度な水分子結合力なので、エネルギー損失が発生し温まります。これを誘電過熱といい水分を含むおにぎりはこのため温まるのです。

図2を見てください。これは温度に応じた水の誘電特性を示しており、「誘電損率」が先ほど説明したエネルギー損失の発生しやすさを表しています。温度が上がると水分子は分子運動が活発になり、結合力の束縛を受けにくくなるので電磁波に対する応答が良くなります。ですので、水温が上がるほど誘電損率は低くなるのです。 ところで、ここで一つ疑問が浮かんでは来ませんか。数々の冷凍食品には大抵「レンジで○分」と記載されています。これらの冷凍食品はなぜレンジで温められるのでしょうか。

3. どんでん返し!―温まる冷凍食品―

ほぅ、氷が室温で融解し、レンジの中では水がマイクロ波で加熱されている、と。

図3.冷凍おにぎりの解凍時間目安 冷凍白米よりも明らかに短時間で温まります

面白い発想ですね。でも、50gの冷凍白米を500Wの電子レンジで温めると100秒程度かかるのに対し、市販の冷凍焼きおにぎり1個80gでは100秒で済みます。冷凍白米と冷凍焼きおにぎりで室内での融け具合がそんなに変わるとは思えません。いったいどこがそんなに違うのでしょう。

違いは表面にありそうです。冷凍焼きおにぎりの表面には少量の脂質を含む醤油が塗付されています。醤油は塩分を多く含み、脂質は凍りにくいので、この部分は水や氷よりも電気伝導性が非常に高くなります。

マイクロ波によって、醤油が塗布された部分に電流が流れます。電流が流れるとジュールの法則に従ってエネルギー損失、即ち熱が発生します。電流の抵抗による発熱はIHクッキングヒーターの加熱原理でもあります。同時に脂質の誘電損率は水に比較して高く同時に誘電加熱もされます。

図4. 冷凍おにぎりの断面   醤油が塗布された表面から優先的に温まり内側に向かって解凍されます。

一旦、外側が温まれば内側に向かって熱が伝達し、おにぎりの白い部分も解凍されて、直接マイクロ波により誘電加熱されるようになります。

4. 温まる冷凍食品を「見える化」

冷凍ピラフ・炒飯は、凍ったそれぞれの米粒表面が油で覆われている点で、冷凍ご飯と異なります。かぎけんの業務の柱の一つに、電磁波解析があります。電子レンジの加熱のキーはマイクロ波ですので、この電磁波解析のノウハウを用いて冷凍ピラフの加熱の様子を数値解析した例を紹介します。 

4.1 解析手順

まず冷凍ピラフ一粒をモデル化します。長軸5 [mm]、短軸2.5 [mm]の回転楕円体とします。(図5)それぞれのピラフ粒の間には空気があるものとします。また、ピラフ粒は0.25[mm]の厚さを持つ油膜に覆われていると仮定します。(図6)

米粒はほとんど水分と炭水化物から成るため、誘電特性は水分の状態(水の三態)に依存します。(表1)

モデルの作成の次は、いよいよ解析です。通常はKeyFDTDTRに代表される電磁波解析ソフトのように、マクスウェル方程式を解いて電磁界分布を導出し、それを基にマイクロ波加熱量の分布を計算します。

今回はピラフ1粒の加熱量分布を検討しています。ピラフ粒の光路長d [mm]を上の条件を用い、かつ電磁波の波長が誘電率の1/2乗に比例することを考慮して次の(eq.1)で表されます。

dはマイクロ波の波長122 [mm]に比べて小さく、ピラフ粒中でマイクロ波の電磁界強度は一定とみなせます(図7)。

従って今回は、静電界条件の下で電位の支配方程式であるポアソン方程式(eq.2)を解いて電磁界分布を導出し、それを基にマイクロ波加熱量の分布を計算します。

4.2 解析結果・考察

下図は電子レンジ解凍の初期段階での加熱量分布です。面Aはピラフ粒の中心を通る面での、面Bはピラフ粒の中心から0.83 [mm] 離れた面での分布を表しています。冷凍された状態でも油は温められ、そこからの伝熱により米粒も間接的に温められていきます。

電子レンジで冷凍ピラフを温めると、まず粒表面の油が温まることがわかりました。次に伝熱により粒の外側から米の融解が始まり、米粒には融解して水に近い部分と凍ったままの部分とに分かれます。図9は電子レンジ解凍を始めて暫く経った後のピラフ粒のモデルです。米粒の水分がどの程度凍ったままであるかのパラメータXについてX = 4, 3, 2, 1 [mm]の場合のピラフ粒を解析しました。それぞれの加熱量分布を図10~図13に示します。

融解した米粒は高い誘電損率を持つため、融解したそばから温められていきます。凍った部分の近傍が加熱されるため、米粒の内部は迅速に融解が進みます。米粒全体が融解した後つまりX = 0 [mm] とした場合のピラフ粒を解析しました。図14がその加熱量分布です。

完全に融解したピラフ粒は中まで加熱されていることがわかります。また、当然ですが米粒内に加熱量の差が発生しています。しかし、図2で示したように水は温度が上昇するほど電子レンジで温まりにくいという性質があります。ですので、実際のピラフ粒はより一様に温まります。

5. まとめ

冷凍ピラフ粒の電子レンジ加熱の様子を解析しました。波長に対して十分小さい領域の電磁波解析に有用な、静電界分布比例の仮定下における電位に関するポアソン方程式の求解により解を求めました。これは、かぎけんの既存技術の新しい応用例の一つです。 解析結果から、次のような加熱様式が分かりました。 (1) まずピラフ粒の表面を覆っている油分が加熱される (2) 温まった油からの伝熱で米粒の外部が融解し始める (3) 米粒は融解した傍からマイクロ波で温められる。これにより米粒の融解は迅速に進行する。 (4) 米粒全体が融解した後はピラフ粒全体が温められる。

6. 最後に

冷凍食品を思い浮かべると、どれも油分を含む商品や、味付けされている商品がほとんどであることに気づきます。脂っこいものが好まれる、より美味しくする、ためだけでなく、電子レンジで温めやすくする工夫でもあったのです。

図 15. 実験に使用したピラフ 終了後は美味しい晩御飯になりました。