イカの煮付けを電磁波解析

本巻は、かぎけん出版より発売された書籍「科学技術研究書」創刊号の「電磁波解析の巻」を無料web版としたものです。 取っつきにくい電磁波解析を、イカ料理を例に分かりやすく解説しています。 料理をしながら電磁波解析の知識が得られ、読み終わりと共に美味しい「烏賊煮つけ」のご褒美が期待できますよ。

電磁波を見る!

「見えるわけないでしょ!」と言われそうですが、光は電磁波の一種なので見えています。 しかし私達が日常生活で接する電子レンジやパソコン、スマホ、携帯電話、テレビ、ラジオ等の電磁波は残念ながら人の目には見えません。 もっとも、見えていたら電磁波だらけで疲れてしまうかもしれませんが…。

しかし、電磁波に関連する機器を研究する人は「見たい」と思います。 そこで、さまざまな電磁波をシミュレーションして人の目に見えるようにするのが「電磁波解析」です。

イカの煮付け調理中の電子レンジの中を見る!

「電磁波解析の巻」では、電子レンジを使った調理を紹介しながら電磁波解析でどのように電磁波が見えるかを紹介します。 ちなみに電子レンジでの調理と言うと手抜きのように聞こえますが、今回紹介するイカの煮付けは、簡単、美味しい、後片付けが楽という3拍子揃ったレシピです。ぜひ皆さんも作って食べてみてください。

イカの煮付けを電磁波解析

~電子レンジを覗いたら~

材料のイカ

イカの煮付け- 本レシピではスルメイカを使います。

スルメイカを代表とするイカは日本で食べられる魚介類のトップ3に毎年必ず入ります。 近年魚介類離れが話題に上りますが、冷凍で味が落ちにくく、生でも加熱してもおいしいイカをもっと食べましょう!※

※かぎけんでは、イカは販売していません。お近くのスーパーなどでお買い求めください。

電磁波解析モデルのイカ

電磁波解析-イカモデル

調理に使用する電子レンジ

イカの煮付け-ちょっと旧式でごめんなさい。

今回調理に使った電子レンジは少し古めの(かつ廉価な)機種でした。 最近の機種はターンテーブルで加熱ムラを避ける方式ではなく、隠れた位置(大抵調理テーブルの下)に回転する円盤アンテナを設置して加熱ムラをなくしています。 このため下から電磁波を照射しますが今回の機種は横から電磁波を照射します。 下から照射する方が加熱ムラは少ないのですが、部品の配置や種類が増えるので高価になります。 身近な家電も地道に性能アップしているのですね。

電子レンジの解析モデル

電磁波解析-解析モデル作成は簡単です.

電子レンジは上の図のように完全導体(電気抵抗が 0 の物体)の中を真空でくりぬいた空間にターンテーブルを配置してモデル化しました。 電磁波を発生するマグネトロンはKeyFDTD(後出)の「矩形導波管ポート」で再現できます。

設定名称設定形状設定サイズ
庫内寸法 (幅×高さ×奥行)立方体300×190×290 mm
外形寸法 (幅×高さ×奥行立方体375×210×320 mm
ターンテーブル (高さ×半径円筒5×130 mm

材料と調理器具

イカの煮付け-ハサミを使ってまな板いらず

材料は、新鮮なスルメイカとみりん50ml、醤油 50ml です。 生のスルメイカは胴の褐色が濃い方が新鮮で、鮮度が落ちると全体的に白っぽくなります。 解凍ものは胴色の濃いものが多く、色では見分けがつきません。 しかし解凍してから時間が経つと身に張りがなくなったり、水分が出るので判断できます。 調理器具はハサミを使います。 勿論包丁を使っても良いのですが、まな板が必要になるので洗い物の手間を考慮しました。 料理が簡単でも片づけが大変なのは嫌ですからね。

解析モデルの下準備

電磁波解析-配色してリアリティを増します

電磁波解析ソフトKeyFDTDを使います。

解析に必要なのは、電磁波解析ソフトKeyFDTD です。 お持ちで無い方は本書を見ながらイメージしてください。 配色機能を使って実物のイカに近い色を付けてあげましょう。 だいぶイカらしくなったかな?イカのエンペラ(ヒレ)が丸く見えているのは下端の丸みを再現するために楕円を使用したためです。 実際のモデルでは先端は鋭くなるように真空の物性で切り取られています。 形状の足し算引き算でモデル作成が可能です。

スルメイカを下ごしらえ

イカの煮付け-手早く丁寧に!

①イカの胴と頭部の隙間から指を入れて、胴と頭部が繋がっている部分を指で挟み込むようにして切ります。 それから内臓を傷つけないように胴から頭部を丁寧に引き抜きます。 最後に、胴にある柔らかい甲が切れないようにゆっくり引っ張って除きます。

イカのゴロは中腸腺という膵臓や肝臓が一緒になった器官で栄養豊富で美味しいのですが、今回は使用しません。 この料理は別の機会に。

②目のすぐ上をハサミで切って内臓とゲソを分けます。

③ゲソの上にある目を取り除き ます。この時、眼 球の中の液体が 飛び散ることが ありますので、ご 注意下さい。

※この液体は服 につくと色が落 ち難いです。

これで下ごしらえが完了です!

物性値・単位の設定

電磁波解析-イカの物性値設定

次に単位と物性値を設定します。今回はモデルを mm(ミリメータ)で作成しましたが、KeyFDTD では km ~nm まで幅広く設定できます。 イカと煮汁の物性値は下の値を設定しました。 KeyFDTD ではユーザーが任意の物性値を設定できます。 電子レンジのようなマイクロ波加熱分野では誘電率と誘 電損失 tanδを用いる場合が多いので、今回もこの2つ を設定しました。勿論光学分野の解析では複素屈折率を 用いた設定も可能です。

パラメーターの設定には以下のデータが便利です。 誘電率・透磁率データベース

スルメイカをお皿に!

イカの煮付け-出来上がりの姿を想像しながら…

生イカは水道水をさっと流して汚れを取り、すぐにキッチンペーバーで水分を除きます。身が水分を吸収すると味が落ちるので必要最小限にするのがコツです。水分をキッチンペーパーで除いたイカをお皿にのせます。加熱前の形で仕上がりの形が決まります。足は半分くらいに縮むことをイメージして!

解凍のイカを使う場合は寄生虫の心配はないので、洗わない方がおいしく仕上がります。

自動でメッシュの設定を確認

電磁波解析―メッシュ設定の必要条件

KeyFDTD ではメッシュ設定が適切か否かを次の2つの条件を基に自動で判断します。

①波の形状を再現できるメッシュ密度

②電磁波の移動距離が1ステップ(=Δt)でメッシュ幅を超えないか

KeyFDTD は2つを自動で判断して解析可能な周波数範囲 を表示します。今回のモデルでは最大周波数 17.588GHz で解 析可能です

料理の下準備完了

イカの煮付け-調味液をかける

①ミリン 50ml と醤油50mlを下ごしらえしたイカに混ぜてかけます。

②時間に余裕があればラップをして 10 分程度漬け込んでおくと味がしみ込みます

※魚介類の調理には本ミリンかミリン風調味料でも臭みや癖を上手く取り除くのでアルコールを含 んでいるものが向いていると思います。

③今回はみりんと醤油を合せましたが、お好みでミリン+そばつゆ、焼き肉のたれ等でも OKです。(但し余りさらさらのものは味がつきません。)

解析準備完了

電磁波解析-後はマクスウェル方程式の出番です

これで解析の準備が出来ました。 後は KeyFDTD に組み込まれた マクスウェル方程式の出番です。

電子レンジで加熱

イカの煮付け-ひと手間かけるとより美味しく

500Wで 4~5 分間加熱します。

お皿にラップかけて楊枝で数ヶ所穴を開けます。出力500W で 4~5分加熱します。イカの大きさや電子レンジの機種に合わせ調理時間を調整してください。余り加熱すると固くなるのでイカの全体が赤く色づく程度が目安です

電子レンジで加熱 イカの煮付け-ひと手間かけるとより美味しく 500Wで 4~5 分間加熱します。

【より美味しく ラップを被せる前に、イカにクッキングペーパーを被せると煮汁が行き渡たり味が均一につきます。更に加熱ムラが減り美味しく仕上がります。】

解析手順(解析実行)

電磁波解析-計算が始まる前に…

電子レンジでスタートボタンを押して調理を始めるのと同様、電磁波解析を実行します。今回は計算時間を考慮してターンテーブル停止、ラップの影響も無視する条件とします。 ターンテーブルの回転を考慮することも可能ですが、数倍から 10 数倍の計算時間がかかります。ラップの影響を考慮するとさらに何倍もの時間がかかります。 このため、かぎけんでは解析がより早く行えるプログラムの改良を常に行っています。

加熱中は待つしかない

イカの煮付け-ドアを開けたら加熱は止まる

イカを調理中です。どんな状態か中をのぞきたいところですが、電子レンジは扉が開いていると作動しないようにインターロック(安全装置)が組み込まれており加熱中はイカの焼け具合は見られません。 しかし、解析ではイカの加熱具合を見ることができますので、そちらでどうなっているかを見ることにしましょう。

数値解析でイカの様子 を見てみましょう!

加熱経過(解析経過)

電磁波解析-加熱量が可視化できます

イカの煮付け完成

イカの煮付け-ラップをしたまま少し放置

電子レンジで作ったイカの煮付け イカの煮付けが出来ました。う~ん、いい香り !

加熱が終わったら 3 分程度そのままにして味をよりなじませます。ラップがぴったりくっつくので 味がよりなじみます。

イカの煮付け完成(解析経過)

電磁波解析-加熱量分布が明らかに!

シミュレーション結果(電力損失分布)

調理のイカ煮付けと同様、解析のイカも出来ました

解析結果(電力損失分布)

電磁波解析-加熱量が断面毎に見えます

電力損失(強) 電力損失(弱)

電子レンジ内にあるマグネトロンから放出された電磁波が誘電体(イカ)に当たり、内部で電気エネルギーの損失(電力損失)が生じます。

生じた電力損失が熱になり内部から加熱されます。これが電子レンジ内で物が温まる仕組みです。 従って、電力損失が大きい所ほど加熱される度合いが大きくなることを表しています。

解析結果(電力損失分布)

電磁波解析-厚さ方向にも加熱ムラがあります

イカの上面(表面)の電力損失分布図

青い部分が減って赤~緑の部分が 増えています。即ち、表面全体や足に熱が伝わり加熱むらが少ないことが分かります。

イカの中心面(厚み方向)の電力損失分布図

イカ上面に比べて、緑~青の部分が多い。腕は温まっていますが、胴体内部に熱が伝わりにくく加熱ムラがあ ることが分かります。

イカの煮付けを召し上がれ !

イカ煮付け-盛り付けてさあどうぞ

イカをハサミで食べやすい大きさに切り分け、盛り付けます。一緒に盛り付けた野菜も包丁いらずのレタスとミニトマトです。煮汁を野菜にかければ無駄がありません。 電子レンジで簡単に作れるイカの煮付けのお味はいかがでしょうか?これからも電子レンジを活用した料理とその電磁波解析を取り上げていきます。次回をお楽しみに